ーーー現在向き合っている研究テーマについて教えてください。
私が現在主に向き合っている研究テーマは、都市経済学の観点から数理モデルを構築し、「生物多様性の保全と都市の調和」を実現するための政策を定量的に評価することです。
近年、全国の都市部でクマなどの野生動物が頻繁に出没し、人間生活を脅かす「ヒューマン・ワイルドライフ・コンフリクト(人と野生動物の衝突)」が深刻な社会問題となっています。野生動物は生態系の中で高い価値を持つ保護対象である一方、人間の生活圏に入り込むと害をもたらします。単に動物を駆除するだけでは環境保護の観点から好ましくありません。
そこで私は、人間の土地利用の行動原理と動物の移動行動をそれぞれ数学的に定式化し、重なり合うメカニズムを可視化する数理モデルを開発してきました。このモデルを用いることで、行政や自治体が提案する各種のゾーニング政策や環境対策を比較し、「社会全体にとって最も効率的かつベストな政策は何か」を科学的に示せるようになります。
環境分野では古くから野生動物の保護を目的とした研究が行われてきましたが、経済学の視点を取り入れ、「社会福祉の最大化」という統一的な尺度で人間と自然の双方を捉えるモデル研究は非常に稀です。
また、この生物多様性と都市形成の研究に加え、私個人の強い関心から「不妊治療における意思決定と政策評価」というテーマにも取り組んでいます。不妊治療で試行錯誤を繰り返す患者が、適切な情報に基づいて納得のいく病院選択や意思決定を行えるよう、医療機関情報の公開効果や患者行動を分析する研究も進めています。
ーーーなぜ、現在の研究テーマに向き合おうと思ったのですか?
私の研究キャリアの原点を辿ると、もともとは工学部の「建築社会環境工学科」で土木工学や海岸工学、地球環境について学んでいました。
幼少期から環境問題に関心があり、特に大好きだったアニメ『ドラえもん』の映画作品(『雲の王国』など)で描かれていた「文明の発達と環境破壊、自然との共生」という強いテーマ性に大きな影響を受けたことが、最初のきっかけでした。
大学で海岸工学や防災構造物を研究する中で、東日本大震災などの災害を目の当たりにし、「防波堤などのハード面を作るだけでなく、人間がいかに適切に避難し行動するかという『人の動かし方』こそが極めて重要だ」と痛感しました。
その後、修士課程で経済学を専門とする恩師と出会い、「政策や税制、インセンティブを通じて人間の行動を変えていく経済学のアプローチ」に大きな感銘を受けました。幼少期から抱いていた環境問題への関心と、人間の行動を促す経済学の視点が結びついた瞬間でした。
大学院修了後は九州大学で都市システムの助教を務め、災害研究や都市計画に携わりながら、自身の軸である「環境」と「都市経済」を融合させた独自の数理モデル構築へと研究を発展させていきました。
ーーー研究シーズの社会実装に向けた想いについてお聞かせください。
研究シーズの社会実装に向けた私の想いは、「構築した理論モデルを実際の自治体や政策現場で活用し、社会課題の解決にダイレクトに役立てること」です。
1つ目のモデルである「生物多様性と都市のゾーニングモデル」については、クマ被害などの動物被害対策や都市計画に頭を悩ませている自治体とタッグを組み、社会実験などを通じてモデルの精度を高め、実際の政策決定に生かしたいと考えています。これまでは専門性の高い数学的モデルであったため行政現場に伝わりにくい側面もありましたが、今後は国際ジャーナル等での発信を通じて知見を広め、現場からの相談や共同研究へと繋げていきます。
2つ目の「不妊治療の意思決定支援」に関する研究では、イギリスやオーストラリアの政府機関・研究者と連携し、治療成功率や病院間の評価スコアを透明化するウェブサイトの検証を行っています。日本は不妊治療の成功率が低く、多くの患者が精神的・金銭的負担を抱えながら暗闇の中で病院選びを行っています。病院間比較の客観的データを提供できれば、患者が早期に最適な治療へ到達できるだけでなく、助成金や保険適用の効率化にも寄与します。この成果をベースに、日本国内でも患者と病院を適切に結びつける情報インフラを構築・実装することを目指しています。
ーーー最後に、未来の挑戦者である若者たちに向けたメッセージをお願いします。
これから社会に挑んでいく若い皆さんや学生の皆さんに伝えたいのは、「あえて自分がまだできないこと、未知の領域に果敢にチャレンジしてほしい」ということです。
現代の若者は非常に優秀で賢く、自分ができる安全な範囲でスマートに物事をこなそうとする傾向があります。しかし、最初からできることばかりを繰り返していても、真の成長は得られず、いずれ他の何かに取って代わられてしまいます。成長するためには、自分の能力を超えるような課題に飛び込む「自分なりの賭け(勝負)」を打つことが不可欠です。
私自身も工学から経済学へと全く異なる専門分野へ飛び込む際、周囲から「茨の道だ」と強く反対されました。しかし、自分の好奇心を信じて挑戦し、指導教員をはじめとする先生方のご指導の下で、周りの優秀な人たちに追いつこうと必死に努力したからこそ、研究者として続けられてきました。
自分の可能性を自分で決めつけず、失敗を恐れずに「やれないことをやれるようになる」ための第一歩を踏み出してください。その挑戦のプロセスこそが、皆さんを大きく成長させてくれるはずです。
