ーーー現在向き合っている研究テーマについて教えてください。
私が専門としているのは、「バイオメカニクス(生体機械工学)」という分野です。これは、人間の身体の機能や構造を、流体工学、熱工学、材料力学といった機械工学の知見やアプローチを用いて解明しようとする学問です。心臓の鼓動から筋肉の動き、細胞レベルの反応までその対象は多岐にわたりますが、その中で私が一貫して着目しているのが「聴覚のメカニクス(仕組み)」です。聴覚の仕組みを機械工学の見地から研究している研究者は非常に少なく、日本国内でもわずかしかいません。
現在、私が最も情熱を注いで取り組んでいるのが、2023年に初めて私が提唱した「コンタクトスポーツ難聴(Contact Sport Hearing Loss)」のメカニズム解明と、その予防に関する研究です。
これは、剣道やボクシング、アメリカンフットボールといった、頭部に繰り返し物理的な衝撃(インパクト)を受けるスポーツにおいて、その継続的な衝撃が脳に徐々にダメージを与え、その結果として聴神経(聴覚システム)にも影響を与えて難聴を引き起こすという仮説です。
従来、こうした競技における難聴は、打撃音や大声などの「騒音(大きな音)」が原因であると考えられてきました。しかし、近年のマウスを用いた連続的な打撃実験などを通じて、音によるダメージだけでなく、頭部への継続的な「物理的衝撃」そのものが支配的な要因となって聴神経を損なっている可能性が報告されています。この未解明の領域をさらに追求し、将来的に東北学院大学を「聴覚のメカニクス」における世界的な研究拠点にしたいと考えています。
ーーーなぜ、現在の研究テーマに向き合おうと思ったのですか?
私は富山県に生まれ、東北大学大学院で博士号(工学)を取得後、仙台高等専門学校(仙台高専)で13年間にわたり教鞭を執り、2019年から東北学院大学に着任しました。
私が「聴覚」というテーマに強く惹かれた理由は、個人的な経験から来ています。中学校から長年にわたって剣道を続けており、現在は「剣道錬士七段」の段位を持っていますが、実は私自身が「難聴」を抱えています。剣道界では、高段者や高齢の指導者に難聴を抱える人が非常に多いことが昔から知られていましたが、その原因は長らく謎に包まれていました。
研究室を立ち上げた後、様々な医学・工学の文献を読み進める中で、ボクシングのヘビー級選手やアメフトの選手にも、剣道と全く同じパターンの難聴が現れているという事実を知りました。ボクシングやアメフトでは、耳元で大声を出すことも、お互いの竹刀がカチッと当たって音を立てることもありません。では何が共通しているのか。それこそが、グローブやタックル、竹刀を通じて「頭部へ継続的に加わる衝撃」だったのです。
この気づきを得た時、私の頭の中で聴覚のメカニクスの知識と剣道家としての経験が完全に結びつきました。「自分が大切にしている剣道、そして多くのスポーツ選手たちの大切な身体を守るために、このメカニズムを工学の力で解明しなければならない」と強く決意したのです。
私にとっての研究のポリシーは、一部の専門家だけが読むような難解な論文を発表することだけではありません。日本に約180万人いるとされる剣道関係者や、これからスポーツを始める子供たち、そして一般の人々に「身体を守る知識や知恵」を分かりやすく伝え、社会に貢献することこそが、私の研究者としてのやりがいです。
ーーー研究シーズの社会実装に向けた想いについてお聞かせください。
社会実装における私の最大の目標は、スポーツにおける「安全性」と「伝統」を調和させることにあります。例えば剣道には100年以上にわたり守られてきた美しい防具の伝統があり、それゆえに防具の形状を変えて脳へのダメージを防ごうという議論や機運が起こりにくい現状があります。しかし、危険性を認識しながらも対策を怠るべきではありません。
そこで私たちは、これまでにないアプローチとして、「頭部の防具(面防具)」に装着することで頭部への衝撃を従来より50%〜60%も低減する「面防具用衝撃吸収サポーター」を独自に開発し、特許を取得しました。これはシミュレーションによる衝撃解析をもとに設計した精密な構造を3Dプリンターで再現したものです。
特に何千回、何万回と相手の打撃を受け続ける「指導者(元立ち)」が、日々の稽古や練習中にこのサポーターを着用することを提言しています。この提案には、選手としても指導者としても日本一を経験している筑波大学剣道部監督の鍋山隆弘先生(剣道教士八段)のように、剣道界で大きな影響力を持つ剣道家からも強い賛同を得ており、学会だけでなく、書籍や剣道関係の雑誌などで発表することで国内外の剣道愛好者に知ってもらう目標を立てています。
さらに私たちは、最新の取り組みとして「従来の面防具の外観と一切変わらない」サポーターも開発中です。これはサポーターを面防具の外側ではなく内側にはめ込むインナー型で、全く見た目が変わりません。さらに、面防具を固定する紐を後ろで縛るのが難しい小さな子供や初心者のために、ゴムバンドで「ワンタッチで着脱できる」新しいタイプの防具のプロトタイプを研究室で制作しています。
競技性の向上を目的とするのみでなく、「このような頭部への衝撃を防ぐ対策が必要である」という事実を広く世の中に普及させ、誰もが安全に、そして楽しくスポーツや武道を続けられる土壌(新しいスポーツ文化)をここ東北学院大学から発信していきたいと考えています。
ーーー最後に、未来の挑戦者である若者たちに向けたメッセージをお願いします。
これからの未来を創り、様々な領域に挑戦していく若者たちに伝えたいのは、「学校の勉強だけがすべてではない。自分自身の興味のアンテナを広げ、強みとなる『武器』や『独自のチャレンジ』を見つけてほしい」ということです。
私自身の歩みを振り返ってみても、もし私が「聴覚」という学術的な専門知識だけにこだわる研究者であったなら、大好きな「剣道」での経験を掛け合わせて「コンタクトスポーツ難聴」という提唱をしたり、独自の衝撃吸収サポーターを開発したりすることは絶対に不可能でした。皆さんが学校で学ぶ専門的な知識やスキルに、自分自身が持つ純粋な情熱、趣味、あるいは実体験が組み合わさることで、他者には決して真似できない唯一無二の価値が生まれるのです。
何かに熱中し、一生懸命に取り組んだ挑戦のプロセスは、たとえ途中で失敗したとしても決して無駄にはなりません。将来的に皆さんが起業したり、新しい事業を興したり、あるいは未知の分野に進んだりする時に、その経験は必ずあなたを支える強力な「武器」として生かされます。
失敗を恐れず、常識にこだわらず、まずは自分の興味の向く方向へ力強く一歩を踏み出してください。皆さんの果敢な挑戦を、心から応援しています。
