ーーー現在向き合っている研究テーマについて教えてください。
私が現在向き合っている研究テーマは、EMC(Electromagnetic Compatibility:電磁環境両立性)です。EMCとは、様々な電子機器が互いに電磁的な干渉(ノイズ)を与え合わず、それぞれの性能を維持して動作できる状態、およびそのための技術を指します。なぜこの分野が重要なのかというと、端的に言えば「ノイズはなくならない」からです。
現代社会では、スマートフォン、テレビ、ラジオ、パソコン、自動車、産業機器など、私たちの身の回りは電子機器で溢れています。これらの機器は意図せず電磁波を発したり、外部からの電磁波の影響を受けたりします。EMC研究は、これらの機器が発するノイズを抑制し、他の機器や人体に悪影響を与えないようにすると同時に、外部からのノイズにも耐力を持たせるための技術を追求するものです。
EMCは、テレビが映らなくなる、ラジオが聞こえにくくなるといった身近な問題から、医療機器の誤動作防止、デジタル社会における情報通信の信頼性確保、さらには電磁波による情報漏洩を防ぐセキュリティ や、軍事的な妨害(ジャミング)への対策 に至るまで、幅広い分野で不可欠な技術です。特に、今後介護や医療現場をはじめ、電気や情報通信技術を使う機会はますます増えていくため、EMCの重要性は増す一方です。ウェアラブル端末による生体情報取得など、人体への影響も考慮した研究も重要です。
私の研究室では、こうしたEMCに関わる新しい技術、特に測定ツールや測定法(測り方)の研究を進めています。例えば、音声分析に使われる「独立成分分析」という手法を電波のノイズ識別に活用できないかといったテーマに取り組んでいます。また、将来の標準化拡張を見越した広帯域アンテナの開発など、最先端の技術にも挑戦しています。電波環境やセキュリティといった世界が複雑化する中で、EMCはまさに社会を支える「縁の下の力持ち」として、絶対欠かすことができない分野だと確信しています。
ーーーなぜ、現在の研究テーマに向き合おうと思ったのですか?
私のキャリアパスは、まさに偶然の連続でした。子供の頃から電子工作が好きで、小学校4年生の頃からはんだごてを握ってラジオキットなどを作っていましたが、まさか自分が研究者になるとは当時は全く考えていませんでした。
高校で理系を選択し、電気への漠然とした興味から電気通信大学へ進学。そこで電気の世界に足を踏み入れました。転機が訪れたのは、大学3年生の時です。非常勤で来ていた産総研(当時は電総研)の先生と出会いました。実は、私が本命として考えていたのは、音響の研究室だったのですが、その建物の奥にある本命の研究室へ向かう途中で、その先生に偶然声をかけられたのです。その先生がEMC研究、具体的には雑音標準化に取り組んでおり、その話を聞いて「じゃあ、研究室に入ります」と、勢いでその道に進むことを決めたんです。
大学院では、M2の時にその先生から助手として残らないかとお誘いを受け、当時ほぼ内定していた企業を辞退して助手となりました。しかし、そのわずか4ヶ月後に先生が亡くなってしまい、文字通り波乱万丈のキャリアが始まりました。学位取得のため、同じ学科の別の先生の下で助手として入り直し、1997年に博士号を取得しました。
さらに2年後の1999年、これもまた偶然ですが、研究会で当時の通信総合研究所(CRL、現NICT)の方に声をかけられ、NICTへ転職しました。
NICTでは、横須賀リサーチパーク(YRP)で無線通信のEMC研究に7年間従事しました。ここはちょうど携帯電話の第3世代(3G)開発が最盛期で、多くのメーカーが集まる活気のある場所でした。その後、東京の小金井本部へ移り、主に国際標準化業務に携わりました。ITU(国際電気通信連合)の会議などでジュネーブをはじめ海外へ行く機会も多く、EMCに関する国際的な動向や技術を学ぶことができました。
NICTでの最後の5年間は研究マネージャーを務めましたが、予算の獲得や配分、研究計画の策定や評価対応などに追われ、自分の研究をする時間がほとんど持てなくなってしまったのです。「やっぱり自分の研究がしたい」という根っからの研究者としての想いが募り、東北学院大学へ入りました。東北学院大学には、日本のEMC研究を牽引した佐藤利三郎先生をはじめ、多くのEMC研究者が集まってきた長い歴史があり、EMC分野での認知度も高い大学です。偶然に導かれ、必然性も感じて、現在に至ります。
ーーー研究シーズの社会実装に向けた想いについてお聞かせください。
私自身は、研究成果が具体的な「製品」として社会に出ることに価値を感じています。その具体的な例として、神奈川県のエレナ電子株式会社と共同開発した『広帯域折返しアンテナ(*)』があります。これは電磁雑音(ノイズ)を測定するためのアンテナで、通常は周波数帯域ごとにアンテナを使い分ける必要があるのですが、このアンテナは300MHzから40GHzまでという非常に広い帯域を一気に測定できるという特徴を持っています。ノイズはどの周波数から出るか分からないため、広帯域に対応できることはEMC測定において大きなメリットとなります。*広帯域折返しアンテナ 製品情報は、こちら

元々、エレナ電子さんとは、私の前職時代から20年以上の長いお付き合いがあったのですが、大学に移ってから、学生が作ったプロトタイプの広帯域アンテナを見せたところ、興味を持ってくださり、一緒に製品化を目指すことになりました。これは、研究者である私自身が経営や製品化のノウハウを持つ必要はなく、そうした経験や技術を持つ「パートナー」がいたからこそ実現し得たものだと思っています。研究者は研究に集中し、製品開発や経営はパートナーに任せる、という役割分担のモデルが理想的だと考えています。
こうしたパートナーを見つけることは非常に重要で、その際、誰に声をかけるかがポイントになります。大企業に持って行っても、組織が大きすぎて話が進まない可能性が高いからです。むしろ、地域の中小企業の方が、フットワーク軽く一緒に取り組んでくれることが多いと感じています。私がセンター長を務める産学連携推進センターのような部署も、研究者と企業を結びつける上で重要な役割を担っています。
企業との協働は、研究者側にとっては研究の幅が広がり、やれることが増えるというメリットがあります。企業側にとっては、新しい技術シーズを製品化し、ビジネスにつなげられる。まさにwin-winの関係です。ディスカッションを重ねながら、より良い製品を作り上げていくプロセスは非常にやりがいがあります。
今回の広帯域アンテナも、今後EMC測定の標準が40GHzまで拡張される動向がある中で、その時に活かされることを期待した、将来を見越した開発です。このように、パートナーと共に研究シーズを社会に実装していく活動には、今後も積極的に取り組んでいきたいと考えています。
ーーー最後に、未来の挑戦者である若者たちに向けたメッセージをお願いします。
未来の研究者、あるいは社会の様々な分野で挑戦していく若い皆さんへのメッセージとして、私が自分のキャリアを通じて実感していることをお伝えしたいと思います。それは、「人脈」と「直感」を大切にしてほしいということです。
ここで言う人脈とは、何も大きな組織や役職の人と繋がることだけを指すのではありません。むしろ、「この人とならうまくやっていけそうだ」「この人なら信頼できる」という、自分の直感を信じて築く、人と人との繋がりが非常に重要です。企業名ではなく、あくまで個人との関係性を大切にしてください。そうして築いた人脈は、思わぬところで新たな繋がりや機会を生んでくれます。
また、何か目標や「こういうことがしたい」「こういうものが欲しい」という強い想いを常に持ち続けることも大切です。そして、その想いを周囲の人に口に出して伝えてみるのです。そうすることで、例えばあなたが求めている情報や、一緒に何かを成し遂げられるパートナーが、ある時ふっと目の前に現れることがあります。これは、情報の「アンテナ」を常に張っている状態に近いかもしれません。
大学でどんな分野を学ぶか、どんな研究をするか、悩む人も多いと思います。EMCのような分野は、AIやゲームクリエイターといった、高校生にとって分かりやすく華やかに見える分野に比べると、もしかしたら地味に映るかもしれません。しかし、EMCは私たちのデジタル社会や日々の安全・安心を支える、非常に重要で、かつ今後ますます必要とされる分野です。
私自身がそうだったように、必ずしも最初から完璧なキャリアパスを描けていなくても大丈夫です。目の前のことに真剣に取り組み、人との出会いを大切にし、自分の直感を信じて進んでいけば、きっと道は開けます。焦らず、「急がば回れ」の精神で、一歩ずつ、でもコツコツと努力を続けてください。そして、ぜひEMCのような社会を支える分野にも興味を持ってもらい、研究の面白さを感じてくれる若者が増えることを期待しています。
