ーーー 現在、大学ではどのような研究をされていますか?
現在取り組んでいる研究テーマは、触覚のバーチャルリアリティ(VR)です。通常のVRでは視覚情報が中心で、仮想の物体に触れても感触はありません。私の研究は、この「触覚」の欠如を克服し、よりリアルな体験を提供することを目的としています。
特に注力しているのは、柔らかい物体を触った際の感覚の再現です。仮想空間に表示された物体を実際に触れたかのように人間に感覚として提示することを目指し、例えば、自動車のハンドル操作などをVRでシミュレーションし、その感触を再現するようなリアルな触覚体験を実現しようとしています。
研究では、物体に力を加えたときにその物体から押し返される力や、外から力を加えたときに物体の形や大きさが変わる現象を計算し、物体をどのようにモデリングするか、また人間の皮膚の変形をどのようにモデリングすればよりリアルな触覚を再現できるか、といった点に着目しています。
ーーー これまでの歩みを教えてください。
学生時代にロボットの研究に興味を持ち、機械系の学科に進学したのですが、担当の先生が触覚を生成する機械を制作していたのが、現在の研究を始めるきっかけです。
当初は第一志望の研究テーマではありませんでしたが、実際に研究に触れ、その面白さに引き込まれていきました。特に楽しさを見出したのは、触覚そのものというよりも、シミュレーション、特に柔らかい物体が動かされたときに伸びたり変形したりする様子を、自分でプログラムを組んで再現できることでした 。「もっとリアルな変形をさせたい」「高速に計算したい」といった目標に向けてプログラムを書いていくことが楽しく、研究を深めたいと思うようになりました。
硬い物体のモデリングに関する研究がすでに進展している中で、柔らかい物体でのモデリングは、いまだ難しく、「現実とのギャップが大きい」という課題があります。この残された大きなギャップを埋めていくことに研究者としてのやりがいと面白さを見出し、探求を続けています。
東北学院大学に赴任して以来、他の大学や先生方とも協働しながら、一貫して触覚や手術関連の研究を行ってきました。
ーーー 社会との接点となる取り組みにはどのようなものがありますか?
私が研究を行っている「触覚VR」は、多岐にわたる分野への応用が期待されています。元々は手術シミュレーションの研究を学生時代から行っていましたが、最近では、福祉分野やエンターテインメント分野、そしてロボットの遠隔操作といった分野での応用を目指しています。例えば、人間が遠隔で手を動かすとロボットも同じ動きをし、ロボットが物体に触れた際の感触が遠隔の人間の手にもフィードバックされる、といった技術の開発が進められています。これらの技術の社会実装が進めば、社会におけるさまざまな課題の解決に一歩近づくのではないかと考えています。
しかし、現在は装置が高価であることと、装着が面倒であるため、広く普及していません。そのため、今後はできるだけ簡素なもので、最大限のクオリティーを目指す方向も検討しており、より身近な存在にするためのアプローチも視野に入れています。
また、「触覚VR」の主力アプリと呼べるような、明確な用途やアイデアが十分に開発されていないことも課題の一つです。現状は、一般の個人ユーザー向けというよりは、企業や医療分野などのプロフェッショナルな領域でのニーズが高いと考えています。そのため、そのようなユーザーに対し、触覚VRをより身近な存在に感じてもらえるよう、具体的なアプローチも検討しています。
ーーー 今後、どのようなビジョンを描いていますか?
研究活動に加え、社会貢献活動にも力を入れています。年に3~4回ほど市民向けの科学イベントを開催し、研究紹介のほか、光の量に応じて振動が変化する幼児用のおもちゃを制作するといった活動も行っています。例えば、今年のサイエンスデイでは、研究室で開発した「ぶるぶるくん」というおもちゃを使って出展を行いました。「ぶるぶるくん」は、頭部の光センサーに光を当てると振動し、その明るさに応じて振動が大きくなるデバイスです。また、顔の表情や色も変化するのですが、これは、光と連動する振動や音、視覚的な要素を活用することで、特に幼児期の理科教育における観察や実験への導入を促すことを意図しています。
幼児期の理科教育については、まずは自然と触れ合うことが大切ですが、長期的な視点では、観察や実験などへの興味を育むことも大切です。光の明るさや暗さ、影と光の関係などの理科の基礎概念を遊びの中で理解できるよう、デバイスの開発にも取り組んでいます。
ーーー最後に、未来の挑戦者である若者たちに向けたメッセージをお願いします
若者たち、特に学生には、「勉強し続けてほしい」と強く願っています。現代はAIの時代であり、私自身もAIをプログラミングに活用しています。しかし、AIが多用される中で、若者の「学ぶ意欲」が削がれていると感じています。特に、「自ら考え、新しい発見を見つけようとする力」が衰えているのではないかと危機感を感じています。
AIが提示する答えはあくまで「既存にある情報」の組み合わせであり、新しい発見や独自の創造を自ら行うものではありません。AIをうまく活用し、情報収集を自身の知識として取り込むことは重要ですが、安易にAIに頼り切らず、楽をせずに学び続けることを大切にしてほしいです。
また、自分たちの研究が「どのようなことに役立つのか」「社会に対してどんな貢献ができるのか」という具体的なゴールイメージを持つことが、研究を継続するモチベーションに繋がると考えています。単に商品化という形ではなくても、自分たちの研究が社会に貢献する可能性をイメージできれば、より意欲的に挑戦できるでしょう。
「何もないところに自分で点(ヒント)を打ち、仮説を立て、それを自分で検証していく」という、本来の知的探求のプロセスを大切にしながら、自ら「もっと何かより良く、より深く」と探求する姿勢を持ってほしいです。
