ーーー 現在、大学ではどのような研究をされていますか?
学校教育において、生徒の心理的・社会的側面と学校生活および学業成績との関連について実証的な検証を進めています。具体的には、生徒の存在感や不安定感、自己肯定感、コミュニケーション能力、対人関係スキルといったソーシャルスキル、道徳観などの要素が学校生活や学習にどう影響するかを分析しています。
あわせて、ICTを活用した個別最適化学習の研究も行っています。個別最適化学習とは、生徒一人ひとりの理解度や興味に合わせて学習内容や進度を調整する仕組みです。例えばタブレットで解答データを分析し、得意分野を伸ばしつつ弱点を重点的に復習するなど、ICTを活用して最適な学びを支援しています。このように、学校が保有する膨大なデータを活用し、生徒の学習意欲や成績、学校生活への不安感を予測・把握し、現場の先生方とともに改善策を検討しています。
また、大学ではキリスト教・西洋文化に関わる授業も担当しています。近年では、キリスト教教育の講義の中で3Dプリンターを活用し、西洋彫刻のモーセ像、ピエタ像、ミネルヴァのキリスト像などのミニチュア複製教材を制作しました。これにより、学生たちが実物に近い造形物を通して西洋文化に触れ、理解を深めるきっかけを提供しています。
ーーー これまでの歩みを教えてください。
教育の研究に取り組むきっかけは、中学校教員時代に感じた「躓き」でした。
教員として勤務し、38歳で学年主任として若手の教員指導をする役割を担った際に、「なぜその方法を選ぶのか?」と問われたのです。クラスの落ち着きがない時にスポーツ大会を提案しても「毎年やっているから」といった理由だけでは納得してもらうことができず、これまでの経験や感覚に頼るだけでは十分に説明ができないと痛感しました。
また、同じ時期に学業成績の低下や欠席者の増加を目の当たりにし、「何が学力低下を招き、どうすれば向上できるのか」という疑問を強く抱きました。そこで、現場だけではできない、膨大なデータを処理・分析して傾向を導き出す研究が必要だと考え、京都工芸繊維大学の博士課程に進むことを決意しました。
その後、教員を辞め研究者の道に進みましたが、今も滋賀県にある近江兄弟社中学校、埼玉県にある城北埼玉高等学校フロンティアコースの教育アドバイザーとして現場と連携し、学校現場だけでは見えない部分についてデータから検証して、現場に還元する研究をしています。
ーーー 社会との接点となる取り組みにはどのようなものがありますか?
研究では、学校現場で先生方がより良い教育を実現するためのツールとしてもらえるようになることを目指しています。学校には多くの生徒データがありますが、十分に活用されていない現状があります。例えば、テスト前になると数学の先生のところに生徒が殺到していたのですが、授業での学習の定着率が低いことが原因だと予測しました。そこで、個別最適化学習を導入し、生徒がどこで躓いているかを自分で把握できるようにしたところ、テスト前に先生の元に生徒が集中する状況が改善され、学力定着にも効果が見られたといったことがありました。
一方で、ICTに頼りすぎてしまい、生徒が飽きてしまうというケースも見受けられます。ICTはあくまで教育の「手段」であり、目的が明確でなければ意味がありません。その目的についても、授業を短縮して探求活動に時間を充てたい先生もいれば、授業そのものを深めたい先生もいます。個別の先生方のニーズに応えるため、データ分析を通じて先生方の工夫が成果として見える仕組みづくりに取り組んでいます。
ほかにも、ヴォーリズ建築、建築金物に関する研究もしています。具体的には、メンソレータムで有名な株式会社近江兄弟社の創業者の一人である、ウィリアム・メレル・ヴォーリズの生涯および建築を中心とした功績について研究をしています。彼は、日本における西洋建築の普及に大きく貢献した建築家であり、建築物だけでなくドアクローザーや錠前、ドアノブといった建築金物の分野にも携わりました。特に同社の建築金物は、昭和初期に国産最高級品として国会議事堂など多くの著名建築に用いられ、日本の建築技術発展に寄与しました。
現在は、老朽化に伴う更新が進み失われつつありますが、日本銀行や九段会館(軍人会館)、竹駒神社の馬事博物館などに残る現存品の調査は、歴史的にも大きな価値があります。また、こうした歴史的資源を掘り起こし、地域の文化遺産として伝えることは地域おこしにつながるとも考えています。今後さらに企業や行政と連携し、地域活性化や産学官連携の可能性を探る取り組みも進めていきたいと考えています。
ーーー 今後、どのようなビジョンを描いていますか?
学校教育における「あたりまえ」を理論的に検証し、さらにICTの活用も含めながら、新たな教育の形を探っていきたいと考えています。
学校教育はどうしても学力面に偏りがちですが、学校は本来「人を育てる教育の場」であるべきです。先生方が日々工夫しながら行っている多様な工夫や取り組みが、生徒の学業成績だけでなく、興味・関心や自己肯定感、ソーシャルスキルといった心理的・社会的側面にどのように影響しているのかを、データを用いて可視化・検証し、教育現場に還元することを目指しています。
ーーー最後に、未来の挑戦者である若者たちに向けたメッセージをお願いします
一歩踏み出すこと、行動すること、そして、「知的好奇心」を大切にしてほしいです。
私の研究の原点も、「これってなんでこうなんだろう?」という素朴な疑問でした。「なぜ、こうなんだろう?」という純粋な疑問から、探究心が生まれますし、自分が「気になる」「楽しい」と思えることを突き詰めることで、未来はより豊かになります。自分の知的好奇心を信じて挑戦し続けてください。
また、「新規性」の追求は非常に重要です。
大学院時代、周囲の研究者から「新しい発見がなければ研究の価値はない」と教えられました。誰も手をつけていないテーマを切り開く姿勢こそが、研究や社会に必要だと学びました。ChatGPTのようなAIがあらゆる答えを返してくれる時代だからこそ、AIでは答えが出せない「新規性」を追求することに、大きな価値と楽しさがあります。現代社会は、型にはまらずに興味や疑問を深めていける人を必要としています。周囲と同じ評価基準で自分を評価するのではなく、自分だけの「オンリーワン」を探し、考える喜びを感じてほしいです。
